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日本、東洋の伝統的な絵画表現の技法を習得しつつ、各自の絵画表現を模索し、自己を発見していくコース。古典研究にも積極的に取り込み日本画の可能性を探求する洞察力と感性を磨きます。
伝統を知り、新しい日本画の世界を開く。
随分若い頃、私は、理系の学問を修めようと努力していました。ところが思うところあり、歌舞伎などの舞台美術の道を目指そうと思い立ち、ある人に相談しましたら、「それなら日本画を勉強しなさい」と言われました。これが、私と日本画との出会いです。舞台美術の仕事をするために日本画を勉強したのですが、こちらの方が面白くなってしまい、以来、日本画の魅力に取り憑かれるようにして制作を重ねてきました。日本画の魅力について改めて考えてみますと、画材が扱いにくく、それゆえに扱う技術を修得する面白さがあります。それから、「気配」や「間」といった東洋ならではの思想や考え方を根底にして作品を制作することも、尽きない魅力に通じていると思います。技術の鍛錬は当然のこととして、東洋思想を学ぶことを忘れては、良い作品は生まれないのです。私は制作の際、「気配」を表現することに重きをおいています。そして、自然の中に身を置き、自然から学び、古典の優れた作品に触れることも大切です。本学の日本画コースでは、技法、文化、思想、精神を多方面から学び、新しい日本画の未来をつくり出せる人を育てています。
教授
下田義寛
1965年、東京藝大大学院修了。1966年、法隆寺金堂壁画再現模写。1971年、山種美術館大賞展大賞。1973年、東京藝大イタリア壁画調査模写。1978年、院展同人推挙。1979年、院展文部大臣賞。1983年、院展 内閣総理大臣賞。1992年、個展(高島屋)。2000年、個展(パリ三越)。2003年、個展(滑川市立博物館)。
作品
寒暁
2007年制作
「第62回春の院展に出品した作品です。2年ほど前から富士山をテーマにしています。この風景は、甲府から東京へ帰る途中に出会いました。2月の寒い夜明けで、月光が富士山の雪をキラキラと照らしている光景に感動したのです。風景そのものではなく、この光景が放つ気配をいかに表現するかに取り組んだ作品です」(下田)。
教授
藤井康夫
1967年、東京藝大大学院修了。1968年、法隆寺金堂壁画再現模写 (〜1970)。1973年、東京藝大イタリア壁画調査模写。1974年、東京藝術大学日本画科講師。1980年、外務省の依頼によりウラジオストック総領事公邸サロン、ルーマニア各日本大使館公邸など制作。1988年、日本美術院特待。1994年、名古屋城本丸御殿障壁画模写。
作品
2005年制作
「サーカスを通じて動物(猛獣)を描きたかった。本学の日本画コースの学生は、真面目で制作に意欲的、作家志望の人が多く、教えがいがあります」(藤井)。
准教授
井手康人
1993年、東京藝大大学院博士課程満期退学。1996年、上野の森美術館大賞展優秀賞・彫刻の森美術館賞。1998年、春の院展奨励賞('99、'02、'03、'06、'07同賞)、院展奨励賞・足立美術館賞。1999年、院展奨励賞('00〜06同賞)。2001、現代美術選抜展(文化庁)。2004年、春の院展春季展賞受賞、院展奨学金受賞。2005年、春の院展外務大臣賞受賞。2006年、院展天心記念茨城賞。
作品
奏園
2006年制作
第91回院展奨励賞。「バリの少女(踊り子)をモデルにして、画面から音楽が降り注ぐように描きました」(井手)。
藤田和美
藤田和美
2000年卒業
日本美術院院友、山陽新聞カルチャー勤務
斬新な構図に挑戦しました。
作品タイトルは、休符「 」。
一見、不安定な構図で成立させることに取り組んでみました。
在学生
日本画コース大学院博士過程3年生

作品のタイトルは『つつみこむように』。
人物のデッサンの勉強をする中で、姪の何気ない仕草に美しさを感じ絵にしたいと思いました。
姪を中心にしてできる家族の輪を、植物を重ねることで表現したいと思いました。

卒業生
2006年度卒業
大原美術館勤務

中国タクラマカン砂漠で出会った、力強く生きる胡楊の木。そこに、私の分身である蝶を組み合わせることにより、当時の思いを絵の中に再現しました。訪れた異国での貴重な体験に思いを馳せずにはいられなかったのです。

(c)2007 Kurashiki University of Science and The Arts
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