エネルギー散逸開放系 地球   
A. 電力消費と省エネルギー
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大学全景北側から  キャンパスを見渡すと電柱や電線が一本もないことに気がつく。景観に配慮して電信柱を使用せず、すべての電線を地下に埋設しているからだ。

 現在もっとも扱いやすいエネルギーの形態は電気エネルギーである。日常生活では電気的な仕事率を意味する電力≠ェよく使われるが、仕事量としての電力量≠フほうが適切なことが多い。

電力量(エネルギーまたは仕事)=電力(仕事率)×時間

温暖な気候帯に属するわが国では、夏場の昼間における冷房のための消費電力がピーク値をとる。ただ北海道だけは冬季の消費電力が高い。そのため、9電力会社の電力需要の合計が最大値を示すのは大体8月だ。ここ10年、『最大電力』は1.7倍近くに増加している。とくに一般家庭での消費電力の増加が著しい。

電力各社はいきおい、停電を避けるためという理由で、最大電力をまかなえるように設備投資を続けてきた。10年間の増加分だけでも原発50基分に相当する。

 発電の方法にはいろいろあるが、最近まで電力会社だけが「発電と送電」の営業を独占していた。それが、自己託送といって、電力会社以外の企業が自家発電した電気を電力会社の送電線を使って他の工場などに送る方式が1993年にやっと動き出したのである。

1997年には、王子製紙の広島・呉工場から鳥取・米子工場への送電が始まった。そして最初のころは、住友化学工業の千葉県内2工場間の相互融通(1997年9月から実施)など2、3例だけだったのが、ここへ来て運用が軌道に乗り始めた。

今後自己託送が増えてくれば、送電線の使用料なども問題化してくることだろう。この辺の事情は電話線とよく似ているように思われる。自由化に向けての政策的な配慮が重要になってくる。

  私たちの意識の底流にある便利な消費生活への欲求は、大した制約を受けることがなく、また社会のマルチメディア志向も一段と加速して、我が国の電力需要は留まるところなく増加し続けている。

 人類は出来るかぎりムダのないエネルギー消費行動をとり、その段階的利用法をシステム化しようとしてはいるが、電力需要がグラフのまま推移するなら、国の計画はよほど慎重でなくてはならない。

その懸念は一つには、大量消費型社会を生活スタイルまたは文化の面からソフト的に考え直してみることである。もう一つは電力をつくり出すときに多くは「熱」を「電力」に変換している現状などのハード面との関係である。そのときの変換効率は高々30%で、大変な無駄をしている。熱電併給システムの構築はまだ十分には進展していない。

 
― 近似的に5年で30%ずつ増加している最近の最大電力 ―

 人類は、そのようにしてつくった「電力」をまた「熱」に変換して使う無駄の多い行為をしている。「熱」はそのまま利用できたらそれに越したことはないのに、である。これが設備投資に影響するのはまず間違いなかろう。

 ようやく再生可能な新エネルギーの開発や、エネルギー源の多様化をはかる必要性に気づき始めたわが国である。燃費に優れるのみならず排気ガスもクリーンな自動車エンジンの開発、水素エネルギー利用のシステム化、燃料電池の開発促進と世界のリードオフマン的な頼もしさがある。ところが大型エネルギー・プロジェクトをみる限りでは、最近のわが国の動きは西欧にみられる傾向 ― 太陽光や風力などの自然エネルギーや生活廃熱を効果的に利用し、原子力への依存度を減じようとしている傾向とは異なるようだ。

 原子力発電は化石燃料を使う火力発電にくらべて二酸化炭素の排出が少ない点で優れている、という評価がある一方で、けっして忘れてならないのは、核燃料を手に入れるまで(探査、採掘、運搬)と廃棄の各過程で消費される化石燃料の多さは無視できる量ではないということだ。それに、国内はもとより他国の理解を得ながら運用していかなくてはならない点と、環境に対する配慮につねに大きな代償を支払い続けなければならない点で課題がないとはいえない。

 これらの課題を仮に乗り越えられたとしても、発生させた熱を「電力」に変換する以外に平和的な用途のないのが「核エネルギー」である。べつの所でも述べたが、熱をエネルギーに変換するためには原理的に100%にはできない変換効率の壁がある。核エネルギーを電力ではなく水素エネルギーに変換したり、じかに石炭液化や製鉄に役立てる方法も考えられるが、まだ高温工学試験研究炉HTTRでの研究段階にあって、民間エネルギー施設としては一般化されていない(1998年11月10日)。このような点から、自然エネルギーの利用率を高める活力を民間に注ぐ必要性が強く感じられる。

 
 

 新エネルギーの研究では国よりも民間が力を入れている。それは国の科学研究費の構成にはっきりと表れている(図)。

エネルギー研究費内訳 
 他方、外国から30〜40%以上の食糧を仕入れ、それに迫る分量の食べ残しを出すという無駄なことをしている日本の現状が明らかにされた。危機に瀕した国々の存在を思いやって改善を訴える人も大勢いる。

また、日本のあちこちでゴミ捨て場所の確保に関する利害の対立が生じている。

技術的・予算的な制約から、自治体には家庭から回収した生ごみを、やむを得ず焼却するか埋め立てるしか方法がなかった。が、1998年半ばごろからは、生ごみをリサイクル利用する私企業に地方自治体も加わるようになってきた。生ごみは肥料などに姿を変えて、輸出されることさえあるのだ。

そんなわけで、エネルギー資源や食糧やゴミの問題はすべて地域社会から地球規模にいたる人類共通の“生活文化の問題”だといえる。市民に身近な日常生活の次元、経済的に見合うかどうかという次元でとらえることができなければ、まず解決が希求されることはない。

まさに政治、経済、生活のすべてに関係したグローバルな問題である。


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