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| ◆ ◆ ◆ 第2講 社会のなかでのエネルギー資源 ◆ ◆ ◆ |
| D. | 1次エネルギー消費量の推移 |
わが国での過去115年間(1880 -1995)の1次エネルギー消費量の推移をグラフに示した。下図の中央の山(1940年前後)と次にくる谷(1945 -6)はそれぞれ「太平洋戦争」と「終戦」を表している。とくに縦軸は対数目盛りであることに注意してほしい。ここに,一貫して国のエネルギー政策の土台に据え置かざるをえなかったセキュリティ確保の大方針が読みとれるだろうか。石油代替エネルギーや環境調和型の新エネルギーの開発もわが国の現在から将来につながる重要な課題である。しかし,時代は大量生産・大量消費と大量廃棄を無制限に保証することは出来ないと告げているのも事実だ。21世紀は省エネルギーと環境保全は常識という時代になる可能性が強いとされる。
| | 1880 | | 90 | | 1900 | | 10 | | 20 | | 30 | | 40 | | 50 | | 60 | | 70 | | 80 | | 90 |

戦後,「朝鮮動乱」による景気の上昇と停滞へと転じた傾向から,石炭から石油へのエネルギー資源の大転換,経済急成長などを経て,第一次石油危機(1973年)の頃にいたるまで,1次エネルギーの消費量は実質GDPの上昇率にほぼ歩調を合わせたように増加してきた。しかし,その第一次石油危機を契機とした省エネルギー推進への取り組みは,その後のエネルギー消費の対GNP原単位を大きく改善するという成果をあげた。
太平洋の向こう側アメリカでは、1997年9月から98年3月にかけてセルフサービス・レギュラーガソリンの全米平均価格が41.89円/gから35.71円/gに最安値を更新した。OPEC(石油輸出国機構)加盟国が97年11月の会議で石油生産割当量の増加を決めたことの表れであった。北海やメキシコ湾の新しい油井も生産を開始していた。原因の第二はアジア通貨危機による需要低下の影響が大きかった。ガソリン税が安くパイプラインも走っているジョージア州アトランタ市にいたっては、同店頭平均価格は37.43円/gから29.87円/g(同時期)に下落していた。そんな国において,好景気にも支えられて1990年代末期には省エネ自動車の生産が拡大され,かつよく売れるようにもなった。
アメリカだけが日本とエネルギー事情が大きく異なるのではない。こんにち,掘削技術の発達によって延命した北海油田を持つイギリスは押しも押されもせぬ産油大国である。イギリスで消費されるエネルギーの海外依存度は、最悪でも20%そこそこと予測される。
一方わが国に入ってくる原油の価格は,いつの時代にも国際政治情勢の影響を受けやすかった。水島工業地帯と国際港をもつ岡山県ではマスコミでも取り上げられるほどのガソリン価格の下落が1998年を中心にあったものの,1999年後半からは89円/g前後に持ち直している。わが国のエネルギー海外依存度は80%以上だ。
21世紀を目前にした今,国民のライフスタイルの多様化とゆとりと豊かさへの志向≠ヘ,わが国のエネルギー需要の著しい伸びをもたらす可能性が高い。世界の石油需給は中長期的に逼迫化していくと予想される。しかも,1997年12月の地球温暖化防止京都会議での決定からの要請もあるので,省エネルギー政策は遂行されなくてはならない。アジア太平洋地域での消費拡大の傾向に対しては,国際エネルギー需給の安定化の観点と,わが国の温暖化防止政策の海外での具体化という観点の両方から,適切な策が講じられるべきだろう。そして,通商産業省または資源エネルギー庁が打ち出す省エネルギー政策≠フ基本的考え方は,まさにこのようなエネルギー需要をめぐる情勢判断がもとになっている。
ここで、イギリスの産業革命前後を概観しておくのは無駄ではないと思う。政治、技術の次に重要な要因は、経済面での時代背景だろうから....。
かつてイギリスは毛織物から綿織物へ、同時に手工業から機械工業へと、大いに産業の変貌を遂げた。そのころのイギリスにおいて、ケイによる飛び杼(とびひ;1733年)の発明からのち18世紀半ばすぎまでには、綿糸の生産力増強を求める社会的土壌が出来上がっていた。
そこへハーグリーブスのジェニー紡績機(特許:1770年)、アークライトの水力紡績機(1769)、クロンプトンのミュール紡績機(1779年)、ホイットニーの綿繰機(1793年)と機械体系が整えられていった。とくにカートライトの発明(1785年)になる力織機は、当初の馬力から蒸気機関の発達にうまく適応して、1810年台には大いに普及した。
エネルギー体系の節目は、
といった具合に、今日の石油の役割をかつてのイギリスでは石炭が担っていたのである。有史以来に遡って世界のエネルギー消費量を調べてみるのも興味深い。蒸気機関の発明(ワット;1781年)が工場動力、汽船、鉄道への適用と普及によって、やがて都市部での工業立地を可能にし、 森林資源の枯渇あるいは薪炭の不足から、石炭とコークスへの燃料の大転換が起こり、公害が始まり、 スティーブンソンによる蒸気機関車の発明(1825年)は、鉄道の発達をうながし、 石炭は製鉄や機械工業を発達させ、運輸の大革命をもたらし、同時に農業の機械化と囲い込みが大量の労働力を都市に移転させた。
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