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 21世紀によせて 
F. 環境への配慮も「豊かさ」の指標

少々逆説的になること*1)をお許し願いたい。

この国の一人当たりGDPは世界一だが、日本人の生活は「環境にやさしい経済活動ができる」ほど十分「豊か」だろうか?

1997年度国民生活選好度調査(経済企画庁97年/5〜6月)
と女性の就業に関する世論調査(総理府1989年)資料から


国民生活に「ゆとり」はあるだろうか?少なくとも経済面から判断する限りはNo!だろう。グラフは経済企画庁国民生活局公表資料をもとに作成したものだ。気がかりなのは「不満・やや不満」の中身で、'97年の場合その(理由の)トップ3は男女とも「給料・収入が少ない」「勤務(労働)時間が長い」「能力や実績が評価されない」......の順番だ。

この国に住む人々の学歴は北欧三国、オランダ、デンマークを抜いて世界一だが、日本人は「環境問題に不安を抱いてきちんと発言できる」ほど知的水準は高いだろうか?

佐和隆光氏はその著書で歴史家ポール・ケネディの『21世紀の難問に備えて』*2)を引用したうえで、ほぼ次のように述べている。

『 北欧三国もオランダもデンマークも、一人当たりGDPは2万ドルを超えており、確かに「環境にやさしい経済活動ができるほど豊か」だし、これらの国々の大学進学率は30%を超えており、「環境問題に不安を抱いてきちんと発言できる中産階級が存在」している。...(中略).....日本人の環境問題への関心は総じて低く、公共的なモラルの水準も高くはないし、発展途上地域に対する関心もまた総じて薄い。これはいったい何故のことだろうか。その答えは明らかである。.....(中略)......知識の詰め込みといった教育は、そのために費やした時間のわりには、知的水準の向上には寄与しない。いわんや公共的な社会問題について「きちんと発言できる」能力を身につけるという効果は、皆無に等しいのである。』

次のグラフからわかるように、地球温暖化への関心度は95年度から96年度にかけて55%から48%へと低下している。環境問題への意識が薄らぎ、実践行動も弱まっているのは、経済動向の低迷と無関係ではあるまい。

(図)環境を気遣う行動をとる人の割合(96年度末の環境庁調査)

 昔は「ああだった」とか、よその国では「こうらしい」という説明は、聞いている人に過去のできごとや外国のようすを理解してもらうことなしには価値をもたない。つまり、『グローバルに』考えようという意味は、時間的には過去50年ぐらいかそれ以前まで、空間的にも地球の規模でものごとを理解しようという意味だ。

誰にとってもそうであるように自分の住みなれた場所がある。生活の環境を時間的にさかのぼり、広い地域にわたって探索し、かつ『地域に密着して』行動するならば、世界にも目を向けることに繋がると言えないだろうか?地域をスキップした国際化というものは存在し得ない。

しかし更に言えば、データに基づき未来を予測することが最も大切だろう。


(参考文献)
*1)このような問いかけと解説は「岩波『地球温暖化を防ぐ』佐和隆光著」第1章(1997年
11月)に明瞭に記されている。著者の専門は経済学だが、ここ数年間の世界の出来事
をふまえてデータも慎重に盛り込まれており、たいへん読みやすい新書版だと思う。
*2)「草思社『21世紀の難問に備えて』鈴木主税訳」上巻pp.120-122(1993年)



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