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 (続) 21世紀によせて 
F. 経済の原理か、規制か

行為は科学的知識と無関係か?
ピエロ  ところが、勉強を始めてから3か月ほど経ったころ、人類のとっている行為と地球の将来について悲観的になった。テーマはあまりにも大きく、問題解決の糸口はなかなか見つかりそうにない。まじめに考えれば考えるほど問題は困難に思われる。自分はまるでピエロのようだと。

おまけに、学童期の清掃奉仕活動の体験さえ当時抱いたいやな感情といっしょに思い出してしまう者もいた。

なぜいや≠セったのだろう。奉仕活動は何のためにしたのだろうか? 大人たちが、すがすがしい体験を演出してくれなかったのを問題にすべきなのか? 地域で見られる散乱ゴミの状況は子どものころと少しも変わっていないので、いまさらながら、何とも釈然としない気持がよみがえってくるという。いまでも、通りがかりのドライバーが路上わきの樹木のかげに空き缶類を投げ捨てていく。

『何ともしようがない。』そのころ、ため息とともに口にされたことばだ。いったい日常の意識や行動は科学的知識とは無関係なのだろうか?

 このとき私は何年かまえに、島根県斐川町の小学生だった坪田愛華ちゃんが、あとで遺作となる漫画『地球の秘密』のあとがきに、地球の絵の上に重ねて、次のように記していたのを読んだことを思い出していた。

環境について、私一人ぐらいという考えはやめようと思います。それを世界中の人がすれば、一発で地球はだめになると思います。

私は最初この文章を、子どもたちが小学校で使ったプリントの中に見つけた。最近では、「朝日新聞」1997年1月1日朝刊特集号第1ページや、WNN-Nature ホームページから入るオンラインマガジンみんなで見つける自然通信 ― テーマ別検索“環境”の一覧表に紹介されているウェブページ“地球を救いたかった女の子 ― 坪田愛華さん”で読むこともできる。お母さんが学校のお友達にと、50部だけ自費出版された『地球の秘密』がもとになって、すばらしく感動的な本『〜[地球の秘密]を描いた12歳の少女〜 愛華、光の中へ。』(国連グローバル500賞受賞、1996年1月、朝日出版社刊)も出版されている。

 しかしやがてゼミ生たちの心には、事態をよい方向に進めるソフトな手だてを考える余裕がでてきた。これからの大きな社会的テーマは、「リサイクルの思想と行為を経済の論理に逆らわずに、うまく社会に組み込み徹底させていくこと」だ、と気を取り直したのだ。いままで考えてきたのは社会的な問題なのであって、決してひとり個人のみに特別な能力を要求したりするテーマではない。誰でもその気になれば出来ることだ。そこでやっと、いくらか希望がもてるかもしれない、と考えるようになった。

 ビジネスの世界にいる人たちにとって現実の世界は複雑そのものであり、伝統的な経済学や経営理論は複雑な現実を解き明かしてくれそうにない。そこで、経済学の対象範囲を複雑系としてとらえる試みが始まった。社会の中での生産活動ないしは『技術』という要素、とりわけ技術者の行動をなんとか経済的観点から捉え直そう。消費活動の『欲求』という要素にも目を向けようとする新しい研究だ。

もう一度

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