(続々)21世紀によせて
C. 生活の中にあるか? - 共通認識 -
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 日本人の環境に対する視点が、「特定地域」から「地球的規模」へと、そして「知識としての捉え方」から「生き方そのものに深くかかわるパーソナルな見方」へと大きく変わっていったことを示唆するのが次図のデータである。

 
公共交通システムの充実
 

朝日新聞の世論調査結果(1997年6月実施)をもとに作図したものであるが、「地球人の世紀へ」(風涛社1997年10月刊p.243)でも参照可能だ。

この世論調査に先立って中央教育審議会の第1次答申は、三つの視点に立って環境教育を充実すべきだと提言している(1996年7月)。

  1. 「環境から学ぶ」
  2. 「環境について学ぶ」
  3. 「環境のために学ぶ」

そのいわくは「ベオグラード憲章」に表されている:

    専門家たちは1975年、ユーゴスラビアの首都での環境教育国際会議で、環境教育の目的が

    にあることを確認する「ベオグラード憲章」をまとめた。その理念は、人々に生き方の転換を促したし、また、米国の「環境教育法」や英国の「ナショナル・カリキュラム」などにも受け継がれていった。

日本の現状を考えるにつけ、環境教育は幼児期から体系だてて行う必要があると思う。同時に私たちは、子供がじかに目撃する大人の行動も、また、彼らに無言の影響力を行使し続けていくものと受け留めないわけにはいかない。

将来の地球と生活圏に関することで、21世紀を生きる私たちが生活の中でできることをはっきり知りたいと思う。そして市民として日常生活の一環で、またはマネジメントとしても、参画できることはあるのだということを自覚したい。特に、二十歳前後の若い人たちが自分の意志で確固とした見識を持ってくれるとよいと思う。(鳴門教育大学の日本の環境のページなど参照)

今すぐ必要なことは、幼児期からの体系的な環境教育の実践と、それを実行できる教師の養成だと指摘される。しかも、知識にたましいを宿らせる実践教育でなくては意味がない。自然や生き物を慈しむ感性は実体験をとおして養われる。

 台所で食用油を流すと、20万倍の水で薄めなければ川に魚が住めなくなる。牛乳だと1万5千倍、みそ汁でも7千倍の水が要る。米のとぎ汁もおそろしいばかりの富栄養水だ。水を出しっぱなしにして毎日歯磨きすると、1年たてば湯ぶね24日分の水資源を無駄にしたことになる。


★問い みそ汁の残りや米の研ぎ汁を捨てずに利用するどんな方法があるか?あなたが実行していることを答えなさい。


次のグラフは、大学生150余人を対象にアンケート(『省エネとリサイクルの意識と行動』について、1997年度初頭)をとった結果を表す。各質問項目に対して『はい実行しています―』と答えた人の割合を表している*)。意識の高さはたぶんに生活習慣によるものだから、これは文化や教育、あるいは個人の性格とも関係する問題だ。

クリックして大きなグラフでご覧ください。(大学生アンケート調査結果)
*) 『社会とエネルギー資源』の授業における「物理」の位置づけ:倉敷芸術
科学大学紀要
(第3号pp.73-84,山本健治,狩野勉,溝内正義,保持洋俊)


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