地球資源とリサイクル  
D. 社会的コンセンサス
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 古紙の回収に対して再処理工場への流れが渋滞しがちだという。雑誌の背表紙をはがす作業や、塩酸などを使用したインク除去作業など、技術面での能率の悪さが主要因らしい。再生紙を十分活用しようとしない消費者の意識の低さも一因になっている、とマスコミの論調は手厳しい(1997年上半期)。

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 倉敷市は事業所などからの紙ごみの回収を取り止めた。学校では焼却が出来ないところへ持ってきて、紙をごみとして出すことも出来なくなったのだ。紙類の搬出を業者に委託するためには、シュレッダーにかけて繊維を切るのもためらわれる。紙ごみの量があまりにも多い、資源を大切に使ってほしいなどのことばが伝わってくる。

ドイツで古紙の利用率が高いわけは、再生紙の輸出需要があることだが、日本国内では再生紙の需要が維持されなければ、古紙のリサイクルの流れは破綻すると考えられている。繊維が長くて質の良い古紙とそうでないものとを選り分けたり、そもそも製造段階から再生しやすい製品にしておいたりする必要性が考えられる。たとえば牛乳パックについては、ラミネートを取り去ったり分解しやすい構造に変えて規格を統一するとか、デポジット制度を導入するなどである。そうでなければ、やがて、そのしわ寄せがボランティア活動や企業のPR活動に留まるだけとなる。とにかくリサイクルしさえすればよい、というものではない。

 バージンパルプを供給するから古紙が余る(ように見える)のか、それとも古紙を使わないからパルプを供給するのか、おそらく両方が正しいのだろう。しかも、天然物を使ったほうが採算がよい、というのがもっともな理由なのであろう。

ちなみに日本への1994年の木材供給量は、丸太換算で1億930万m3であった。その78%が輸入で、15%は東南アジアからのもの。世界の森林面積は34億ヘクタールほどで、約半分が熱帯地域にある。東南アジアの熱帯材の多くは日本向け輸出(とくに1970年代〜80年代は6割が日本向け輸出)だ。


商業伐採や行過ぎた焼畑のために毎年熱帯林のほぼ1%、日本列島の約半分の面積が消失している。他方1990年代後半になると、森林資源国ではあまりにも早急な森林の消失を食い止めようとする保護政策がとられたり、木材輸出相手国からの技術援助にも活力が見られるようになった。しかし最近日本は北半球の針葉樹林にも供給源を求めてきている。

 最近発足した世界初の“道具学会”は、その設立趣旨に《生活文化の中のすべての道具のリサイクル》というテーマを設定することを忘れなかった。リサイクルの確立は一つの文化的指標になっている。静脈産業はたくましいといわれる。企業にとっても『リサイクル』や『エコビジネス』をコマーシャリズムに組み込むことが一つの重要な戦略となる時代である。“20世紀末には『ずぼら産業・・・』という本がよく売れた、あのころから地球人は賢くなっていった”と、21世紀の人々は回想するのであろうか。

“環境” や“エネルギー資源”や“食糧”はともかくとしても、“リサイクル”とか“ゴミ処理”ということばには、何となく非生産的で暗いイメージを抱く人がいるかも知れない。しかし、かつて“環境”ということばがそうであったように、ことばに対する印象は少しずつ変化していくものである。

“生活”ということばもそうだった。人々の心から戦後の復興期に経験した苦しい生活のイメージが消えてなくならないうちは、“生活”と聞けば、どうしても思い出したくないことを連想してしまった。でも生活が豊かになってくると、同じことばから楽しいことを想起するようになったのだ。あなたの身近なところに、ほら、ありませんか?《生活科》を掲げて人気を集めている大学が。

 そう考えていくと、今にきっと、リサイクルとか省エネルギーとか物質循環とか、あるいはゼロ・エミッションとかいう単語がもっと一般化してくるようにも思われるのだが…。


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