地球変動科学   
A. 生命環境の形成と変化
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「生物多様性条約」と「気候変動枠組み条約」

竹林雑木林  1992年6月にブラジルで“国連環境開発会議 ―地球サミット―”という国際会議が開かれた。

地球サミットでの関心事の一つは、ある論争点にあった。論争とは、「人口爆発の問題を解決しなければ、環境破壊は救えない」という考え方と、「優れた政策を執らなければ、人類は環境に対して悪い影響を与えつづける」という考え方との論争である。この議論は現在も続いている。

会議には7,600人という多数のNGO(非政府組織)の人たちが参加した。参加NGOと各国政府の代表者たちは、地球環境問題について会議の合意をはかるべく協議し、「持続的発展(Sustainable Development)」というスローガンの旗を掲げた。

会議で見られた合意内容は「生物多様性条約」と「気候変動枠組み条約」だ。「生物多様性条約」には日本もいち早く署名・批准し、条約に基づく国家戦略がつくられた。「気候変動枠組み条約」については1997年12月に京都で第3回締約国会議が開かれた。これら合意内容と大いに関係するのが森林、とくに赤道付近の降雨量の多い熱帯地域に残っている熱帯林、および北半球の寒冷地域に属する針葉樹林だ。


大気とオゾン層の形成

生命誕生後の大気中O2,CO2の変動

 さて創成期(約46億年前)の地球においては、酸素が水素や炭素との化合物とならずに脱ガスする可能性はなかった。

約43億年前、大気の温度降下とともに水蒸気が凝縮し、塩酸や硫酸を含む雨滴となって降り始める。最初の激しい雨のあとでも大気中のCO2は約90%、現在の約3千倍で、いまの金星や火星に近かったと考えられる。

強酸性(酸の濃度は現在の酸性雨の約千倍)の雨が降りつづき、約39億年前には川や海が形成される。大気中のCO2は約10億年かけて徐々に水に溶解し、濃度が現在の約10倍以下まで減少する。約34億年前に、何かの偶然により合成されていたアミノ酸・核酸・酵素などから海中で植物性生命が誕生する。酸素分子は生命の誕生に不都合である。そのころのO2濃度は現在の1万分の1以下であったろう。

 酸素O2がなければオゾンO3も存在しえない。オゾンに邪魔されない太陽紫外線は容赦なく大地を照射するので、生命が安全でいられるのは海中のみだ。それまでの海は酸素を必要としない生物の生存できる環境だった。酸素呼吸をする生命の出現は、酸素濃度が現在の百分の1以上になってからのことだろう。それは今から約6億年前だ。

節足動物や殻・ウロコの類で覆われた生き物だけが、弱い紫外線のもとでも生命を維持できる。陸上に生物が生存した約4.4億年前には、O2の濃度は現在の1/10以上であったろう。

5億7千万年前のカンブリア紀から後は、大気組成に地球創成期以降のような激しい変化は見られないが、それでも数千万年〜1億年の間隔をおいて変動している。

その後の地殻活動に応じて気候や環境の変動があり、今から3.46〜3.22億年前には温暖化やCO2濃度3,000ppmなどの好条件のもとで、シダ類の大繁茂(石炭紀前期)があり、O2濃度は今以上に高くなった。

今から1.68〜1.33億年前の活発な火山活動期(ジュラ紀後半)によってCO2濃度は1,600〜2,300ppmの高濃度となり、海中にナンノプランクトンが大繁殖し、その死骸が海底に堆積、化石化して1.33〜0.67億年前の白亜紀 を特徴づけることになる。

最近の1千万年以内のCO2濃度は、600ppm以下で推移したと考えられている。


パラダイム『生命の宝庫は有限系』

絶滅危ぐ種 ― 鳥類・ほ乳類(1998.6.12環境庁発表)
絶滅危ぐ種......
 (137種) 
 ・絶滅危ぐT類.....
  • ほ乳類31種 
  • 鳥類42種 
  •  ・絶滅危ぐU類.....
  • ほ乳類16種 
  • 鳥類48種 
  •  21世紀の遅くない時期に、大規模な熱帯林が地上から姿を消す可能性が高いという。

    熱帯林は、温暖化を招く二酸化炭素の格納庫であり、また生物の多様性の宝庫でもある。三大熱帯雨林は、アフリカ中央部(コンゴ川流域など)とインドネシアなど(マレー半島、ボルネオ島、ニューギニア島など)の東南アジアと、それから南米のアマゾン川流域とにある。

    これまでに地球全体の森林が半分に減ってしまったことから、専門家でなくとも「熱帯林の消滅は現実のものとなるだろう」と考えてしまいそうだ。

    大きな地球がさまざまの人的活動に対して反応するまでには時間がかかるであろう。そして、現段階での人知の不確実性も無視してしまうことはできない。また、そうであれば、気づいた時にはもう遅いということも十分ありうる。

    宇宙探検はわれわれに夢を与えるが、また一方でそれは、万一に備えて地球を逃げ出す準備をする『先見の明』と受け取れなくもない。アメリカ大陸が発見されてから後、ヨーロッパに止まる人々が多かった反面、新天地を求めて移住した人々も大勢いたようにである。

    「人間の活動は地球の容量による規制を受け入れざるをえない」というパラダイム*も次第に認められつつある。しかし、月に移住せざるを得なくなった地球号など想像することも出来ないというのが正直な気持ちだ。本当に地球号はこれでよいのだろうか?

    *パラダイム:一般に認められた科学的業績で、人々の考え方のモデルまたは規範となるものをいう。


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