も う 一 つ の ゼ ミ

人間生活と教養 No.5  ホームページ目次第1ページに戻る前のぺージに戻る


1996年2月19日付北海道新聞科学面から
ふしぎ不思議「虹はなぜアーチ型」(山本)

ゼミのもつ別の側面

―特別実験・実習について

直接体験を重視して計画されている。その内容について、2つあるコースの大まかな枠組みを少し説明しよう。

一つは、虹という身近にある現象を通して自然のしくみを考えていく「光の現象への誘い」や、重力加速度のたいへん簡便な測定「G1の世界」など、いわゆる科学実験の入門コースである。常時カメラを携行し、虹を見つけたらその場で撮影して、その結果を含むさまざまな光関連の現象を考える。人工的な虹か、または虹に代る現象を観察してもよろしい。

光の3原色は赤・緑・青(群青)だよね。HTML言語の文字や背景の色を指定するタグは、アラビア数字10個(0〜9)とアルファベット6文字(A〜F)とからなる16進数の6桁(3色×2桁)の情報として表現される。

花の色には機能的な多様さがある。花が美しいのは昆虫をおびき寄せるためではない。実際のところ、花の色に特有な色素の働きで、吸収光を長波長の光に変換して放射するらしい。たとえば、ヘブンリーブルー・アントシアニンという色素は、吸収した紫外線光子がある化学反応を誘発し、その過程でエネルギーの弱い赤系統の蛍光を放射するので、遺伝子はその放射光を浴びても安全というわけだ。

花の色素は、遺伝子にとっては有害な紫外線を安全な光に変えるサングラスのような働きを持つ。一般に光のスペクトルは日常生活や芸術とも関係が深い。希望者は、光のスペクトルについて多少くわしい実験を行うこともできる。

もう一つは、木箱に電極を取り付けてパンを焼くとか、初歩的なプログラム言語であるBASIC(または、Visual BASIC、True Basic)でいろいろなコンピューター・シミュレーションやアニメーションを自作するなどの実習体験である。ワープロを打つだけで簡単に ウェブページを作ることもできる。

日ごろは深く考えることもなく、生活体験だけでそのまま終わってしまう。私たちは、そういう体験を知らず知らずのうちにたくさん持っているのではないだろうか。

体験がものごとの科学的理解に果たす役割は大変重要である。しかし、学校教育においては(モデル校は例外として)、そして悲しいことに日常生活においてさえも、科学的な学習内容を伴った実体験は乏しくなる傾向がある。ブラックボックスに囲まれた生活空間は、学生実験というものが「マニュアル付きで思考・探求不要の行為」であるかのような錯覚を想起させてはいないだろうか。現代生活は多忙に過ぎるともいえる。しかしながら落ち着いて身のまわりを見渡せば、たいへん興味深い現象がたくさんある。私たちは、ふだんから科学的な学習のための体験を、

という4つの体験種(グループ)に分類して考えることにしている。そして、実のある学習が達成されるためには、これらのうち3種以上(少なく見積もっても2種以上)の体験をもとに学習プログラムを組み立てる必要があるというふうに実感している。

いうなれば、高校時代以前には受験勉強などの理由で遠ざかっていた ― いわゆる実体験の稀薄であった ― 本来身近なところにある科学のしくみを、じかに体験してみるわけだ。特別実験・実習では、「101教室」というやさしいコースを設けている。近頃、インターネット上においても 仮想体験をもつことのできるWeb Pageが増えてきた。

生活感覚の伴ったふれあいを重視する理由は、自己の深いところで希求する体験なしには考察は始まらないと考えるからだ。

誤解のないように付け加えると、すべての人にとって青年期の直接体験が必須だといっているのではない。学習という経験は複雑に作用して、予断を許さない。しかも肝心な科学の学習の意義は、感覚だけでは理解できないことも理解できるように導いてくれることだろう。ただし少なくとも、ものごとを理解する能力には幼児期からの体験が大きな意味をもつと考えられる。何らかの基本的体験に裏打ちされた一定の準備さえ調っていれば、新たな体験を踏まなくても、高度に抽象的な考察も十分できるはずだ。このような観点から、なるべく多くのテーマ・メニューをそろえたい。



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