local story

 ふるさと話2 


 近ごろ新築の百貨店入口などでからくり時計≠ェ見られます。写真は倉敷駅北にできたチボリ公園の、ひときわ大きなからくり時計です。近くに住んでいたゼミ生が撮って来てくれたものです。これは昼間の撮影ですが、ムードたっぷりなのは、夜のとばりが降りてからのジャストタイムです。このテーマパークの開園は、数年前のマスカットスタジアムの完成以来の大きな出来事でした。

 ところでプロ野球のペナントレース、最近はどのチームも頑張っています。関西文化圏に近くなれば阪神ファンが多いのは当然のことでしょうか。備後地方では広島東洋カープファンが数の上で圧倒的です。多くの人々の目が東京と広島に向いていると感じるのは気のせいでしょうか。

最近、私どもプロ野球ファンにとり堪えられない濃い内容のシーズンが続きましたね。米大リーグ、レッドソックスの野茂英雄投手は、米メリーランド州ボルティモアのオリオールパークで行われたオリオールズ戦で、ロサンゼルス・ドジャース時代の1996年ロッキーズ戦以来、自身メジャー2度目の無安打無得点試合(ノーヒット・ノーラン)を達成しました。日本のセントラル・リーグではヤクルトが巨人を寄せつけなかったこと、日本シリーズでも近鉄バッファローズを破って日本一に輝いたことも記憶に新しいところです。横浜ベイスターズは今年も踏ん張れるでしょうか、野村阪神はどうでしょうか、どれもこれも興味津々であります。鈴木一郎選手など、大リーガーでの日本人プレイヤーの活躍は、国際化のひとつの表れなのでしょうか。

 サッカーの日本代表やテニスの伊達公子の活躍ぶりも嬉しいかぎりでした。J-リーグサンフレッチェ広島の活躍ぶりに、かつてのサッカー王国の面影を追い求めているのは私だけでしょうか?昨年のサッカー界は、W杯(フランス)行きの切符を目指して何がなんでも、といった気迫にあふれていました。その反面、ゲームそのものを楽しむような雰囲気は弱く、ちょっぴり残念ではありましたが....。サッカーのユニフォームを着た経験から、私は、サッカーというのは結局は速攻のゲームである。時間を稼ぐような試合運びでは勝てない、と実感していました。でも最後は、その速攻が物を言ったイラン戦を観て、けっこう満足感を味わったものでした。

 郷里にゆかりの深い人々の中で、ひときわ強い印象を若輩の心にとどめたのは作家の井伏鱒二です。彼は独特の戯画手法を駆使した「山椒魚」「朽助のゐる谷間」などをもって文壇に登場し、のちに「ジョン万次郎漂流記」で直木賞を受賞しました。私は「山椒魚」と「ジョン万次郎漂流記」を高校時代に読んで、強い印象を受けたのを覚えています。広島での大学生活は私の心のなかに、下宿先のおばあさんのとつとつとした体験談によって補強された《鱒二の情景》を残していきました。明治30年生まれの淑女が聴かせてくれるものがたりには、つねに研ぎ澄まされた国際感覚で、リベラルな仕上げが施してありました。鱒二の文学上の活動歴については、福山文学館および「早稲田と文学」の作家一覧 などをご覧ください。

それは、ある瀬戸内の島での出来事、戦時下でのご夫婦による外国人捕虜に対する優しい行為に関してことさら強く表現されておりましたし、原子力発電に対する、当時としては合理的ともいえる、評価にも表れていたのを記憶しています。おばあさんの部屋の鴨居の上からは、軍艦船長のおじいさんが艦の前からこちらを見ていらっしゃいました。

福山市 は、平成11年4月23日、福山美術館などがある文化ゾーンに「ふくやま文学館」をオープン、そこには、昭和文学の巨匠井伏鱒二をはじめとする、郷土ゆかりの文学者18人の業績、数々のコレクションなどが展示されています。鱒二は明治31(1898)年、広島県深安郡加茂村、いまの岡山県井原市との境界に近い深安郡神辺町の田園で産声を上げ、地元の小・中学校を経て早稲田大学に進学、その後、昭和19年に「風来漂民奇譚ジョン萬次郎漂流記」で直木賞(第6回)を受賞しました。他に「山椒魚」「本日休診」「駅前旅館」などの著作があります。昭和41年には第26回文化勲章を受賞しています。平成5(1993)年、東京において95歳でその生涯を閉じました。地元では、福山市の名誉市民・広島県の名誉県民として栄誉を讃えられています。

 
 瀬戸内地方から北の方角を眺めるときいつも思い浮かべるのは、この中国山地で累々と営まれてきた人々の暮らしです。ロマンを呼び起こさせるのはエメラルドシティーです。岡山から松江の方角めざしてハイウエイを進めば、県境サミットを構成する16市町村があります。もう一度ゆっくりまわって見たいと思っています。

 少々時代は古くなりますが、 万葉の時代と山陽・山陰もご覧いただくと、吉備地方と近隣の地方とのつながりが一層よくわかると思います。

 以上紹介できたのは、私の知っている備後のほんの一部のことに過ぎません。もしあなたが『備後のくに』についてもっと知りたいと思われたなら、観光案内 などを見るか、実際に行ってご覧になるのが一番よいでしょう。備後のトンボも楽しいですよ。第三セクター方式の新鉄道が1999年1月11日以来、備中から備後へと毎日二十数便、うちJR福山駅へも数便が乗り入れています。

 県北部や瀬戸内海の島々も含め、市としては三原、尾道、因島、府中、福山、笠岡などが『備後のくに』に属しています。経済的な理由や地理的な位置関係、あるいは歴史的な理由からも、福山地方は岡山県西部の各市、井原笠岡その他の郡部とも交流がさかんです。備中・備後ネットなるものもチェックしてみてください。倉敷にいると、どうしても東のほうに目が向きがちです。そんな人は鞆の浦にまつわる歴史をご覧ください。あるいは魔法諸島の旅行ガイドなどのホームページをひもといて、しばし備後の旅にでかけてみませんか。


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