草戸千軒町遺跡付近

かつてこのあたり一帯は、長い年月をかけて発掘調査されました。その結果、町並み跡や輸入陶磁器、貨幣、遊具など数十万点が発見され、中世の地方港湾都市の様子や庶民生活が浮き彫りになりました。写真に写っている場所から下流へかけて、細長く続く中州の全面積は約7ヘクタールあります。発掘された中州の遺跡を含めて、周辺には、鎌倉末期〜室町後期の町並があったのですが、江戸初期の大洪水で消滅しました。

ちょうど火山噴火で消えたイタリアの古代都市になぞらえ、「日本のポンペイ」と呼ぶ人もいます。

建設省福山工事事務所は、1997年8月4日に開かれた「芦田川下流部川づくり検討会」で、100年に1度の豪雨に備えて1967年から計画していた中州掘削などの河川改修工事は、遺跡のある中州の一部を残して推進していくと発表しました。検討会には地元の大学教授や市民も加わり、1996年3月から話し合いが持たれていました。

写真は東岸に立ち下流よりに南向きに眺めたものです。西岸の五重塔あたりからこちらを眺めると―つまり、時代が下って水野氏の菩提寺が造られた場所から遺跡を望むと、まるで門前街を見下ろしたような格好になります。ひょっとすると五重塔建立以前に、そこには、神社か寺院があったのかも知れません。Click the picture to back to TomoNoUra.