教養ゼミのすすみ方について

〜 教養ゼミってなあに? 〜

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 「教養ゼミ」は1年間を前期と後期に分けた、1年次生を対象とする通年ゼミナールです。前後期ともに、それぞれ1週につき1.5時間の活動が計15週間割り当てられています。だいたい学生4〜6人で構成された1グループに教員1人が付きます。

大まかなスケジュールは、倉敷芸術科学大学の講義計画(シラバス)の冊子にも載っていますが、ここには、私が実施してきたプログラムについてのやや詳しい説明を掲げておきました。

1年の最初のころは、このゼミでは何をするのか、何故そうするのか、将来何かに役に立つのか、立たないけど価値があるのか、というふうな意味での動機づけがなされるので、先を見据えた準備期間という意味があります。とくに前期の前半では、それもやむを得ませんが、活動がいよいよ軌道に乗ってくると、少人数の参加者一人一人がレジュメを持参して同僚たちに配布し、各自の研究の経過について簡単な報告を口頭でおこない、また、それに対して他の構成員も何らかのコミットをもつといった格好に発展して行きます。

前期と後期を各々さらに2つに分けて、大まかに4つのセッションを設けて実施しています。


 初年度をふりかえってみると、1人あたりで1〜3週間分の研究の進みぐあいを報告・検討することの繰り返しでした。“研究発表”とはいっても、まだ真似ごとにしか過ぎず、決して本格的なものではありませんが、このような、〔発表〕→〔討論〕→〔検討〕→〔発表〕→・・・という活動の積み上げは、実際に最終のまとめ《レポート》に見事に実を結んでいたものと評価しています。

輪読のために用意された文章をもとに考え、討論に加わり、意見を述べ、自分のことばで考えを整理し、ときにはアドバイザー(ゼミ担当教員)の意見にも耳を傾け、重要なことばの切れ端として心に留め、研究レポートとしてまとめました。たとえば、一つのまじめな題材としては、「週休2日の週末の過ごしかた」や、「《いじめ》について思うこと」、あるいは、両親との実関係の分析を踏まえた「父親の理想像の構築」などがあります。すべて、ゼミ生が自分で決めたテーマでした。

これらのテーマ決定に見られる傾向は、『豆腐のごとく』(斎藤茂太著)の第1章の輪読からゼミを始めたことによる一つの流れでした。受験勉強からの解放感もあってか、当事者としては意外なほどに家族関係や同年輩の友だちとの関係、あるいは教師との関係などを冷静に受けとめ、しかも、体験をもとに深く考えていったようです。人によっては、両親をさらによく理解したいと思っているらしい厳粛な気持の高揚や《脱皮感》を、その言動から感じさせることもあったのです。


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