田辺真一・藤岡 毅・加藤敬史

 この研究室では,岡山県から広島県にかけて分布する新生代第三紀中新世の堆積物,備北層群の小型板鰓類(サメ・エイ類)の研究を行っています.

 この研究は,1998年に,岡山県川上郡川上町芋原の谷で,貝化石を採集中に,偶然,アカエイ(Dasyatis)の化石が発見されたことから始まりました.備北層群からは多くの研究者が様々な種類の板鰓類を報告していますが,アカエイの様に小型の歯を持つものの発見例はさほど多くなく,今日まで見逃されてきたようです.

 当時の潮間帯の堆積物中に高い頻度でアカエイの顎歯が含まれていることから,中期中新世に多島海化した中国地方に多くのアカエイ類が生息していたことがわかりました.このような小型板鰓類の化石は,これまでの研究で報告されているよりも,さらに複雑で多様であったことを伺わせる重要な資料です.今後,アカエイのみならず,今まであまり注目されることの無かった小型板鰓類の顎歯から,海洋古環境の復元を行っていきたいと考えています.


はじめに

 岡山県川上郡川上町芋原地域に露出する備北層群の泥質砂岩からは,浅海棲貝化石が豊富に産することで知られている.1998年6月,この地域で採集された貝化石を含む黒色泥質砂岩中に,エイ類の顎歯が高い頻度で含まれていることが判明した.今日までの研究で,備北層群からは,板鰓類化石が豊富に産することが知られており,その概要は,糸魚川ほか(1985),山岡(1987),中野(1997)等によってメジロザメ属(Carcharhinus)の卓越する化石群集が報告されている.しかしならがら,比較的小型の顎歯を持つエイ類が,高い頻度で産することについては述べられていない.そこで,芋原における板鰓類化石相の実態を把握するため,化石包含層を過酸化水素で分解し,洗浄,水篩を行って,板鰓類化石の抽出を行った.

地質概説

 備北層群は,岡山県の吉備高原一帯と,広島県三次・庄原地域に広く分布する中新統で,一般的に,浅海生貝化石を含む細粒〜中粒砂岩からなる下部層と,塊状の泥岩からなる上部層に区分されている.試料採取地点である川上町芋原地域では,備北層群は白亜系安山岩類の作る基盤の凹地を埋積するように分布している.本研究では,芋原地域の備北層群を,岩相から,亜炭や泥岩を挟在する中〜細礫岩からなる下部,浅海性貝化石を豊富に産しオフィオモルファやハンモック状斜交層理の認められる中〜細粒砂岩からなる中部,そして,薄層理泥岩層からなる上部に区分した.従来の研究と比較すると,下部及び中部は備北層群下部層,上部は上部層に対比できる.
試料を採取した黒色泥質砂岩層は,中部の最下部に位置し,CrassostreaTateiwaiaなどの汽水生貝化石が密集しており,糸魚川・西川(1976)によって,マングローブ沼群集の構成要素であるGeloinaの産出も報告されている.また,甲殻類を含むノジュールや,植物片,琥珀等などが含まれている.芋原地域の堆積環境を岩相や化石等から概観すると,潮間帯→浅海→波浪の影響のほとんどない深い海へと,下位から上位にかけて相対的に海水準が上昇したことがわかる.特に,黒色泥質砂岩層堆積期には,基盤地形や貝化石などから,内湾の潮間帯であったと考えられる.

結果と考察

 芋原地域の黒色泥質砂岩の分布する3地点から,約150kgの岩石試料を採取し,板鰓類化石56標本を得ることが出来た.その内訳は,Carcharhinus sp.1(10),Carcharhinus sp.2 (1)  ,"Negaprion" cfr. acanthodon (1),Dasyatis sp.1(15),Dasyatis sp.2(17),Squatina sp.(1),その他;顎歯(2),楯鱗(10),皮歯(1)となり,顎歯のみを実数のみで比較すれば,70%をアカエイ属(Dasyatis)が占めるという結果になった.メジロザメ属の顎歯は,糸魚川ほか(1985)のCarcharhinus sp.1の形態とよく一致している.アカエイ属の顎歯は,咬頭の突出する雄の顎歯と,鈍咬頭の雌の顎歯が認められる.また,歯冠表面に0.1mm程のpitted ornamentationをもち,更にその内部に,0.01mmのディンプル状の装飾をもつ種と,歯冠表面は滑らかで,全面に0.005mmのディンプル状の装飾のある種の2種が認められた.アカエイ属の顎歯の形態についての詳細な記載は,ほとんど行われておらず,現在,現生種との比較を行っている.その他の顎歯,及び楯鱗についても,現在検討中である.
 これまでの研究によると,糸魚川ほか(1985)は,備北層群の板鰓類化石群集をメジロザメ属の卓越する,Carcharhinus sp.1 - Isurus desori - Odontaspis acutissima 群集としている.中野(1997)は,備北層群全体では,メジロザメ科(Carcharhinidae)がもっとも多く,特にメジロザメ属だけで全体の50%近くを占めるとしている.
 本研究では,アカエイ属とメジロザメ属からなる単純な群集となった.アカエイ属の産出頻度が高いことは,内湾の潮間帯で,底生生活者である同属の生息密度が高かったことが考えられる.また,遊泳生活を行うメジロザメ属が潮間帯の堆積物の限られた試料中にも多く含まれることは,過去の研究で指摘されているように,備北層群下部層の堆積期には,顎歯が微小で採集の困難な板鰓類を除外すれば,この属が最も繁栄していたことが考えられる.

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